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ローリングストーン Sathisfactionで一気に独自の世界へ!! 

ビートルズと、ローリンズストーンズ

 

両者は、よく比較される。

 

たしかに音楽のルーツとしては、どちらも

ロックやR&Bではある。

 

が、両者は全く違う音楽だ。

 

ビートルズは、ハーモニーが美しく

またそこに独自のスタイルを作った。

 

ローリングストーンズは

これぞ、ロック!!という感じ。

パフォーマンスも魅せる

ライブを主体をしたバンド。

ビートルズのポップな曲調とは相反して

渋い楽曲。

 

1963年のデビューから

解散する事なく

長く活動を続けているのも

ビートルズとは大きく異なる。

 

なんせ

半世紀以上の活動なんだから・・・

恐れ入る。

 

 

 

 ******************************

 

 1965年

 

大ヒットしたサティスファクション

 トヨタセリカ』のCMソングとして起用された。

 

www.youtube.co

 

www.youtube.com

 

******************************

 

 

 

キース・リチャーズミック・ジャガーはもともと幼馴染だった。

 

偶然、通学途中で再開したことが

全てのはじまりだった。

 

 

その時、ミック・ジャガー

チャックベリー

マディ・ウォーターズ

レコードを持っていた。

 

2人の共通の友人ディックがベースをして

3人でロックバンドを始めるようになる。

 

バンド名は、このとき

ローリングストーンズではなかった。

 

****************************

 

そんなある日、

ジャズクラブで

ブライアンが演奏した

スライドギターを見て

バンドメンバーに欲しいという事になった。

 

ブライアンも

メンバーを探していたところだった。

 

そこに参加していたイアン(key)チャーリー(Dr)も加わる。

 

 

 1962年

最初のギグメンバー

【ギグとは/小さなライブハウスでの短いセッションの事】

ブライアン・ジョーンズ Gt (リーダーだった。1969年急逝。)
イアン・スチュワート Key (見た目がロックでないという理由で後に外される)
ミック・ジャガー  Vo
キース・リチャーズ  Gt Vo


ディック Ba
ミック・エイヴォリー Dr

後に・・・・・

ビル・ワイマン Ba(ディックの後任)
チャーリー・ワッツ Dr (この後、1963年に加入することになる)
 

 *****************

1962年

 

初のギグをするにあたり

 

「ジャズ・ニュース」紙と

電話で話していたその時。

バンドの名前を尋ねられてしまった・・・

 

そこで、

ブライアン。

たまたま床にあった

マディ・ウォーターズのレコード

が目について、その中の1曲

『ローリン・ストーン』が目について

この名前を出した。

 

ここから

ローリングストーンズ」になる。

 

ベースのディックは、まだ学生だったので

その後はビル・ワイマンが後任となり

 

レコード制作へ・・。

 

 

 

 これが、マディ・ウォーターズ

www.youtube.com

 

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そして、1963年

 

チャックベリーのカバー

「Come On」

でデビュー。

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このメジャーデビューは

ビートルズが彼らの演奏を絶賛したのが

きっかけだった。

 

スカウトを投げかけられた

ビートルズの広報オールダが

1967年までローリングストーンズの

プロデュースをする。

 

 

*****************

 

こうやって、セカンドシングルは

ビートルズが提供したこの曲になった。

 

レノン=マッカートニー作詞・作曲

『I Wanna Be Your Man』

 

www.youtube.com

 

 

ビートルズの演奏バージョン。

 

www.youtube.com

 

 

********************************

 

1965年

アルバム、「Out Of Our Heads」

に収録されたのが

先にご紹介した

あの

サティスファクション。

 

この曲は4週連続の全米1位を果たす。

 

ビートルズもそうだったが、

イギリスだけではなく、

アメリで支持されてはじめて

世界で通用するバンドと言われるのだ。

 

*****************************

 

ビートルズ

ジョンとポールのような関係に憧れており

 

ローリングストーンズの

オリジナル曲を手掛け始める。

ミック・ジャガーキース・リチャーズ

ジャガー/リチャーズ」として

作詞作曲を行っていくようになった。

 

サティスファクション

ジャガー/リチャーズ」による

オリジナルだ。

 

 

***************************

 

 

ブライアンは、

ギターのテクニックは素晴らしかったが

作曲が苦手だった。

 

その為、

リーダーとして主導権を握るのが

次第に「ジャガー/リチャーズ」に

変わっていき・・・・

 

ブライアンは、

最終的にはバンドを脱退した。

 

*****************

 

 

1969年7月5日

ローリングストーン

2年ぶりになる

コンサートのはずだった。

 

ブライアンの代わりに

入ったギタリストの

ミック・テイラー

このとき紹介されることになっていた。

 

しかし、

コンサートの2日前

 

ブライアンは、自宅のプールで

死体で発見される。

 

**************

 

ローリングストーンズの

このコンサートは、

急遽、

追憶コンサートに変更になった。

 

 

**********************

 

ローリングストーを創設したのは

まぎれもない、ブライアンだった。

 

 

死因は明らかになっていない。

 

ただ、わかることは・・・

 

音楽を愛してやまなかった

ブライアンが

作曲ができない為に

主役の座を降りることになったが

 

ブライアンが、イアン(key)と2人で

メンバーを探して

そこからローリングストーンズが

産まれたのも、事実ということ。

 

 

ブライアンは脱退し、プールで原因不明死去。

イアンは、ルックスを理由に脱退。

 

ロックの世界って、

こんなにも厳しいのか・・。

 

**********************

 

Sathisfactionについて

 ミックジャガーは、

「この曲が俺達を一介のロック・バンドから

巨大な怪物バンドに変えたんだ」

と言っている。

 

もし、カバー曲だけしかできなかったら・・・・

 

必ずしもローリングストーンズである

必要はないわけで、

他のバンドでもできるわけだ。

 

ローリングストーンズでないと

できない曲を作って、はじめて、

彼らの音楽を

本当の意味で表現することになる。

 

そういう意味で・・・

 

メンバーが流動的に変わりながら、

ローリングストーンズは

 

50年以上も

活動をつづけている。

 

 

 

きっと、

ブライアンは

 

ローリングストーンズの音楽の中で

生き続けているはず。

 

******************

 

 

 

 

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ジミ・ヘンドリックス  天才と呼ばれた理由

メジャーとして活動したのは、
たったの4年間だった。

しかし、とんでもないレベルで
ミュージシャンたちに影響を与えた
ギターリスト。

 

ジミ・ヘンドリックス

 

通称 ジミヘン

 

***********************

 

 

あの世界3大ギタリストの一人である
エリッククラプトン
こう言うのだから・・・

 

どれだけすごいか

分かるだろう。

 

「僕とジェフ・ベック
2人がかりでいっても
ジミには、
かなわないだろう」

 

それだけでなく、

 

クラプトンも

ジェフ・ベック

 

「別次元」

「かなわない」

「ギタリストを辞めようと思った」

 

とも言っている。

 

 

 

****************************

 

勿論、

派手なパフォーマンスは

目にとまるが

 

基本的にブルースやR&B

プラス、

ジャズコードやスケールが

加わる。

 

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 とはいえ、

驚くことに

 

難しいと言われる

ジャズを取り入れているものの

実は、

楽譜はほとんど読めず

音楽理論も分かってなかったようだ。

 

始めは、

無名のバックミュージシャンだった・・・・・

 

**********************

 

右利き用のギターを

逆にして弾いた。

 

 

遊び心?

そうだとしても

普通は、やろうとも思わない。

 

 

ここまでは分かる。

 

しかし、

歯でギターを弾くとか

背中でギターを弾くとか・・・

 

全く想像の域を超えている。

 

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ところで、

 

実は、

「背中弾き」に関しては、

ジミヘンより前に

 

T.ボーン・ウォーカー

というギタリストが

やっていた。

 

 

 

 

歯で弾く「ティーピッキング」は

バディ・ガイ

という人がやっていたらしい。

 

どちらも、

話題になったのは、

ジミヘンがやってからだったが。

 

 

 

************************

 

ジミヘンが

ギターを燃やした話は有名だが

 

では、

 

どうして

高価なギターを燃やしたりしたのだろう。

 

*******************

 

1967年3月31日

 

ロンドンのライブハウス。

 

ウォーカー・ブラザーズの

解散ツアーの初日だった。

 

 

このバンドの前座として

出演することになっていた。

 

ギターの腕前は神レベルでも

ジミヘンは、この時、無名だった。

 

そして

スタッフとこう話し合っていたのだ。

 

 

「もし、ジミがギターに

火をつけたら 

どうなるだろうね」

 

もちろん、冗談で言ったのだが、

ジミヘンは、

「それは悪くない」と言い、

スタッフにライターを買いに行かせた。

 

 

そして

ライブのラストの曲は、

なんと文字通り

「FIRE」というタイトルだった。

 

曲が終わろうとするとき、

ジミヘンは

本当にギターに火を付けたのだ。

 

********************

 

そして、

ジミヘンは、このとき

軽い火傷をして

すぐさま病院へ。

 

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命がけのパフォーマンスは、

狙いどおりだった。

 

ジミヘンは、

またたまに話題の人になった。

 

しかも

そのパフォーマンスは

一回きりのもので終わらず、

その後も止めなかった。

 

***********************

この時代、

アメリカはベトナム戦争により

世界からも非難を浴び、

アメリカ国民は、

口にはできないものを

悶々と抱えていた。

 

閉ざされた中で

人々はロックという形で

声をあげた。

 

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ジミヘンコード

という独特の和音がある。

 

といっても、

ジミヘンの前に

一部のジャズミュージシャンは

これを使っていたのだが・・・

 

ちょっと音楽理論的な話になるので

この先は、

なんとなく飛ばし読みして頂ければ幸いかと思う。

 

ジミヘンコードは

ルートの音に対して

構成音の中に

 

番目を半音高くした音と

番目を半音高くした音(実は「10番目を半音低くした音」と同じ。

しかも、これはオクターブ下の「3番目を低くした音」とも同じ)

 

この二つが入る。

 

でも、

 

和音(いわゆる、お団子3つのこと)は、

ふつう

3番目の音

そのコードを

メジャー(明るい)なのか

マイナー(暗い)なのかを

決めている。

 

だから

3番目の音に

メジャーとマイナーの両方があると

一体それは、

どちらのコードなのかが

まず分からない。

 

音楽上、ふつう、それってない。

 

 

 

明るいんだか

暗いんだか

訳が分からない。

 

 

そう。

不協和音のように見える。

 

しかし、

実は、うまいことずらしていて・・・

これも理論上では

納得できる裏付けもある。

 

ただし、ジミヘンは、

これを感覚として見出したようだ。

 

本当に単なる不快な不協和音もあるが

それとは別なのだ。

不思議とカッコいいのだ。

 

 

不安定で決してピタッとおさまるわけではないけど

不思議とどこに当てはめようと思えば

確かに当てはまる。

 

そんな響き。

 

こういう不協和音は、

人の感情に訴える力がある。

 

考えてみれば、

人間って、

嬉しいけど、哀しい。

辛いけど、楽しい。

 

そういうの、絶対、あるよね。

 

教科書には書いてないこと、

でも大事なこと、

世の中、いっぱいある。

 

学校では、教科書が基本だったけど

本当の社会では、動く人間が相手。

世の中は、

変わっていくんだから。

 

理論だけでは、通用しない。

 

 

そういう部分を表現したジミヘンって

天才というか、神の域にいる。

 

意味もなく奇をてらっていたわけではないだろう。

 

無名だったジミヘン。

自分の持っているものを

なんとかして見てもらいたかった。

 

また、ギターは

決められた通りでなくても

精神を研ぎ澄ませば

いい音、悪い音を

判断できるんだよ・・・・

 

どうにでも

自由に演奏できるんだよ・・・と、

 

そういうメッセージを

伝えたかったのではないかな。

 

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単に滅茶苦茶に弾いているのではなく

ある基盤の上に

ルールが

存在している。

 

 

ジミヘン自身もこう言っている。

 

「僕にとって音楽が宗教なんだ」

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ヤードバーズ1966~8 / 残ったペイジ この後レッドツェッペリンへ

 さて、ジェフ・ベックが脱退した後のヤードバーズ

 

ジミー・ペイジの時代である。

 

 

ジミー・ペイジ

ハードロックに向かいたいところを、

プロデューサーは

ポップ調でいこうとした。

 

この時、すでに

イギリスでは

人気は落ちつつあった。

 

ジミー・ペイジ

マイペースだったが、

他のメンバーは

モチベーションも失い

やる気も失せてしまっていた。

 

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Goodnight Sweet josephine

 

ポップな曲が、

ビートルズっぽい。

でも、いい曲ではないか!!!

 

 

 

youtu.be

 

 

 

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Tink About It 

 

結構、好き。

いや、かなり好き。

 

youtu.be

 

 

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しかし、

1968年7月のコンサートを最後に

ボーカルのレルフ

ドラムのマッカーティは

脱退した。

 

そもそも、レルフは、

アルコールが入った状態で

ステージに立つことも

多かったようだ。

 

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ヤードバーズは、

こうやって、

終末に向かっていく。

 

エリッククラプトン

ジェフ・ベック

ジミー・ペイジ

 

という世界3大ギタリストが

入れ替わり立ち代わり

在籍するバンドとして

名を残すことに。

 

 

 

**********************

 

そんな3人に共通するものは、

 

ブルーズを主体にしていたということ。

 

 

 

同時に、だんだん

ハードロック調に向かったのは、

ジミヘンの存在による

影響が、大きかったようでもある。

 

そんなジミヘンが

あらゆるテクニックを駆使して
やりたかったことは、

 

ギターで感情を表現する、

ギターに感情を持たせる、

ということだったのでは

ないだろうか。

 

 

 

 

ギターは、人間の内面を

表現できる楽器なのだ!!!

 

***********************

 

 

 

ペイジは、

残ったメンバーで

アコースティック・デュオの

結成を試みるも

上手くいかず。

 

バンドを継続させる為に

セッション仲間である

ジョン・ポール・ジョーンズと組んだ。

 

そしてまだ無名だったシンガーの

ロバート・プラント

その仲間のドラマーであるジョン・ボーナム

 

 

このメンバーで再開した。

 

しかし、当初のヤードバーズのメンバーは

脱退してしまっていたので

 

ニュー・ヤードバーズと名前を変えた。

 

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このニューヤードバーズこそが、

あの、レッド・ツェッペリン

 

なのだ!!!!!!

 

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ジミー・ペイジは、

もともと

 売れっ子のスタジオミュージシャンだった。

 

しかし、

 

ヤードバーズの誘いを受けて加入。

 

 

ジミー・ペイジがやりたい音楽は

ヤードバーズとは違うものだったようだ。

 

売れる為に

ポップな曲にしたものの

メンバー同士の

コミュニケーションも上手くは

いかず。

 

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しかし、

 

ジミー・ペイジ自身が作った

新しいバンド

「レッドツェッペリン」では、

理想どおりのサウンド

作ることができた。

 

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ジミー・ペイジは、

ベーシストではなかったが、

ヤードバーズの誘いを受けた時は

ベースだった。

 

しかし、

これをチャンスと捉えた彼は、

加入後に

ベースからギターに転向できた。

 

そして、

レッドツェッペリンを結成し、

ジミー・ペイジは、

沢山のリフを作った。

 

アコースティックと

レスポール(エレキ)を

曲により使い分けた。

 

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有名な「天国への階段」

youtu.be

 

 

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「コミュニケーションブレイクダウン」

 

このギターのヘビーな音。

 

この音。

このリフ。

これが、

ヘビーメタルの原型でもある。

 

 

 

 

 

www.youtube.com

 

***********************

 

かと思えば・・・

これぞ、

泣きのギター。

 

Since I've Been Loving You

  (あなたを愛しつづけて)

 

 

 

youtu.be

 

 

 

 



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ジミー・ペイジがギターに興味を持ったのは
13歳のとき。

スコッティムーア
ジェイムズバートン

などの影響を受けたという。

 

youtu.be

↑ スコッティムーア

単引きのソロを

ダウンピッキングだけで弾くという。

ヘビメタ的ピッキング???

 

 

 

youtu.be

 
↑ジェイムズバートン

「ミスターテレキャス」と呼ばれる。

偉大なギタリスト。

 

 

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13歳でギターを始め、

なんと、

16歳にしてプロ活動を開始している。

 

たった3年で

プロとして通用するギタリストに。

 

世界の3大ギタリストの一人、

ジミー・ペイジだが、

 

そこに辿りつくに至って

色々なギタリストに

影響を受けたからこそ

 

なのである。

 

 

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ヤードバーズ1966  ペックとペイジ 幻のツイン

世界3大ギタリストのうちの2人。

ペックペイジの話。

 

この頃のヤードバーズといえば・・・

 

ベース担当で、

楽曲のほとんどを

作曲していたサミュエル・スミス

脱退した。

 

そこでジェフ・ベックは、

ジミー・ペイジに加入してもらうよう

話を進めた。

 

この時、

ジミー・ペイジは、

とにかくどんな内容でも

バンド活動ができれば

と思っていたようだ。

(最初はベースとして入り

 のちにギターを担当)

 

 

ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『欲望』

挿入歌として使用された「Stroll On」

原曲は「Train Kept A Rollin'」

 

バリバリのロックテイスト。

 

www.youtube.com

 

この映画にも実際出演した。

本当は、ザ・フーの予定が

変更となっての出演。

 

 

この映画の中で

ギターを壊すシーン

 

ギターのジェフ・ベックは、

このシーンを気に入ってしまい

 

実際のライブでも

ギターを壊したりという

パフォーマンスをする

ようになった。

 

また、ライブへの欠席も目立ち

体調も崩し、

私生活も乱れていく。

 

最終的には

バンドを辞めることになった。

 

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ギターを破壊すると言えば

ジミヘンがまっさきに思い浮かぶ。

 

ジミヘンがデビューしたのは

1966。

 

ジミヘンのプレイは有名であり

エリッククラプトンや

ジェフベックは、

ジミヘンのギグを

観に行っていた。

 

さて、

問題のギターに火をつける

パフォーマンスだが、

 

これは、

ザ・フーが楽器を壊す

パフォーマンスをしていたので

それよりも更に

インパクトのある

パフォーマンスを考えた結果らしい。

 

****************

 

となると、

元祖破壊パフォーマンスは

ザ・フー

 

この時代、

ビートルズ

ローリングストーンズの

全盛期でもあり

 

たとえギタープレイに秀でていても

注目を浴びるのは

なかなか困難だった。

 

この状況を破壊して

新たな風を作りたかった・・・

 

作らなければならなかった。

 

命がけで

全力で。

 

話題に上がる必要があった。

 

このエネルギーの凄まじさ!!!

 

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「欲望」という映画自体も

ザ・フーをイメージして

作られたようで・・・

 

このときの映画監督は、

「ギターを壊す」という

シーンをザ・フー

演じてほしいと依頼していた。

 

しかし、

ザ・フーのリーダーの

ピート・タウンゼント

断った。

 

このパフォーマンスだけを

狙っての出演は

真意ではなかったようだ。

 

********************

 

そんなわけで、

ジェフ・ベックは、

このシーンを演じることに

快感を覚えたのか

それは分からないが

 

ライブでは

破壊力をアピールした。

 

***************

 

そんな

ジェフ・ベックは、

孤高のギタリストとも呼ばれる。

 

既存のものにとらわれない

自由な発想で、

新しいサウンドを産みだした。

 

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音楽的には

1965年あたりは

ヤードバーズの全盛期だが、

 

ジェフ・ベック

体調などもろもろの原因で

ステージには立てない事も多く

 

メンバーとも衝突してしまう

ことが見られた。

 

結局ツアーの途中で

ジェフ・ベック

解雇されてしまった。

 

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しかし、ジミヘンで

有名になったギタープレイ

「フィードバック奏法」

「アーム奏法」

「ピックスクラッチ」・・・

これらは、

 

もともとは、

ジェフ・ベック

行っていた奏法だった。

 

*********************

 

そんなこともあり

世界の3大ギタリストと呼ばれた

ジェフ・ベック

 

ヤードバーズを脱退した彼は

ソロシングルを発売したりしたり

 

ジェフ・ベック・グループ」なるものを

結成したりもした。

 

***************

 

とはいえ、

この1965~1966年あたりは、

ヤードバーズ

勢いに乗っていた。

 

 

 

 

 

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サイケデリックロック】

 (幻覚や陶酔状態を再現したロック)

な、曲として代表的な・・・

この「幻の10年」

 

ジェフ・ベック

ジミー・ペイジ

 

なんと!!!

世界3大ギタリストのうち

2人がツイン・リードの形をとった

この曲は、

 

タイトルどおり

幻のような奇跡。

 

 

 

 1966年 

幻の十年

 

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 1966年

Psycho Daisies

 

刺激的なサウンド

 

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 *******************

 

ヤードバーズからエリッククラプトンが

脱退したのは、

 

商業的な戦略が

全面に出ていたからかもしれない。

 

ヤードバーズ在籍中のクラプトンは

あまり自己主張もしなかったという。

 

クラブ「マーキー」では

ローリングストーンズが抜けた代わりを

ヤードバーズが務めた。

 

しかし、ヤードバーズには

ヒット曲がなかった。

 

バンドが生き延びる為には

ヒット曲は、当然必要だろう。

 

そこで、

ビートルズのポップさと

ローリングストーンズのロックを

かけ合わせたような曲で

大衆受けを狙った。

 

ヤードバーズの3枚目シングルだった

「FOR YOUR LOVE」

 

 

クラプトンは、

この曲を好まなかったらしい。

 

しかし、

現実的には

これは、実に
大当たりだったし、

 

私もよい曲だと思っている。

 

 

******************

 

クラプトン脱退後、

ジミーペイジと

ジェフベックにより

 

ヤードバーズ

過激なサウンド

後のハードロックに影響を与えてもいる。

 

ちなみに、

ジェフ・ベックが脱退しのは、

メンバーとの仲が

かんばしくなかった状況も関係した。

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そんなわけで

脱退すべき脱退でもあった。

 

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ロックといえばチャックベリー、そして・・・。

ミスターチルドレンの曲

「CHILDREN'S WORLD  」にも出てくる

チャックベリー

 

以前も、このチャックベリーについて

書いて事はあったが・・・

 

「ロックロールの神様」

「ロックンロールの創始者」と言われた男。

 

黒人のブルースと

白人のカントリー

 

黒人と白人の壁をとりはらい

この二つを融合したロックンロール。

これを産んだ功績は大きい。

 

****************************

 

ところで、

ジョン・レノン

この言葉がすごい。

 

ロックンロールに

別名を与えるとすれば

チャック・ベリー』だ」

 

しかし、これにはわけがある。

 

ジョンは、幼い時から

チャックベリーの影響を大きく受けていたのだ。

 

マチュアバンド「クオリーメン」を結成したのも、

チャックベリーの影響からだった。

 

 

 

1956年にヒットしたチャックベリーの

「ロックンロールベートーベン」

 

これを

ビートルズがカバーした。

 

ビートルズセカンドアルバム

「ウィズ・ザ・ビートルズ
B面 8曲目に入っている。

 

www.youtube.com

 

 このアルバムを発売した同時期に

ビートルズが日本でレコードデビュー。

 

同時に、このとき

チャックベリーの名前が日本で有名になった。

 

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チャックベリーのパフォーマンスも見ものだ。

1分15秒あたり

ダックウォークと呼ばれる動きを

しながらのギタープレイ!!

 

www.youtube.com

 

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 そして、

この曲のイントロは

本当に、本当に・・・・

あまりに有名だ。

 

これがチャックベリー「キャロル」

 

www.youtube.com

 

 

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さて

 

 ビートルズ「カム・トゥゲザー」

 

これ、

チャック・ベリー「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の盗作として

訴えられたことがある。

 

 

 

www.youtube.com

 

盗作というほどのものかな?

オマージュのレベルだよね。

どちらにしても、

アレンジだとしても、

ビートルズのイントロ、

「シュッ」ってところ、

カッコいいな。

 

 

こちらが、比較にあがった曲。↓

www.youtube.com

 

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ビートルズは、50年代の音楽に

影響を受けていて

 

プレスリーにも大きな影響を

受けている。

 

 

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ちなみに・・・

 

1954年ビル・ヘイリーアンド・ヒズ・コメッツ

「ロック・アラウンド・ザ・クロック」から

 ↓

1964年ビートルズアメリカ上陸まで

 

 

 

 

「ロックの誕生」から、「ビートルズアメリカ上陸」

 

 

 

これが、俗にいう、一般的な『オールディーズ』の解釈。

 

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 【ビルヘイリー】

1948年に「ビル・ヘイリーとフォーエイセス」という

バンド名でデビューするが売れなかった。

→「サドルメン」→「コメッツ」とバンド名を変え

1953年になり「Crazy Man Crazy」がヒット。

『ロックの先駆け』となった。

 

【チャックベリー】

1955年「メイベリーン」でデビュー。

独特のギター奏法と「ダックウォーク」で注目を集める。

 

エルビスプレスリー

1956年「ハートブレイクホテル」でデビュー。
初のビルボード・チャート1位獲得曲となった。

 

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 ビートルズは多くのアーティスト

大きな影響を与えたけれど

 

ビートルズもまた

沢山のアーティスとからの影響を受けて

出来上がっているが・・・

 

特に、チャックベリーの存在は大きかった。

 

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